大動脈弁狭窄症の診断

75歳以上の約8人に1人
大動脈弁狭窄症に罹患しているといわれています1

大動脈弁狭窄症(Aortic Stenosis:AS)とは

大動脈弁が石灰化等により開きにくくなることにより、心臓のポンプ機能が落ち、易疲労感や労作時の息切れ2などの症状を起こし、症状が進むと心不全に至ります。心不全に至ると寿命を縮めるリスクがあります2。リウマチ熱、先天性異常、加齢による石灰化が主な理由ですが、近年では、社会の高齢化とともに加齢による石灰化が原因のASが増加しています2

ASの疫学

心臓弁膜症はどの弁でも起こりえますが、特に「大動脈弁」と「僧帽弁」に多く、97%が大動脈および僧帽弁の異常が原因です4

心臓弁膜症の内訳

心臓弁膜症の内訳

ASの罹患率は60~74歳で2.8%、75歳以上で13.1%と報告されており1、本邦における60歳以上のAS患者数は約284万人、そのうち重度の患者数は約56万人と推計されています。
一方、ASを根治するための手術治療は、2016年の実績で外科的大動脈弁置換術(SAVR)と経カテーテル大動脈弁治療(TAVI)を合わせても約1.8万人5しかありません。

ASの潜在患者数(無症候性+症候性)

ASの潜在患者数(無症候性+症候性)

ASの病態

ASの病態は、左室流出路にある大動脈弁の狭窄に伴う慢性的な左室への圧負荷です2。圧負荷により増大するストレスを軽減するための代償機転として左室肥大が起きますが、神経体液性因子の活性化なども加わり、左室肥大の進行、左室線維化の亢進などが生じます。その結果として、左室機能障害を生じ、最終的には血行動態の破綻に至ります。

左室障害

ASの症状

ASは長期間無症状で進行することが多く、また特異的な症状がないため2、患者さんは加齢によるものと捉えている場合が少なくありません6。ASに伴う主な症状は以下の通りです3

  • 息切れ
  • 胸の痛み、重苦しさ(狭心症)
  • 疲労
  • めまい、失神
  • 活動範囲の減少
  • その他
  • - 頻拍または不整脈
  • - 動悸

高齢の患者さんは、無意識に行動を制限していることが少なくありません。また、加齢に伴うからだの変化と似ていることから、「年のせいだ」と症状やその進行を見落としがちです。患者さんが症状を自覚していないことにより、有症候性の患者さんを無症候性と誤って判断する場合があるため注意が必要です。

問診の際には、日常生活で息切れを感じるときがないかを具体的な生活シーンとともに聞いてあげることが有効です(例:横断歩道を渡るとき、軽い坂道を上るとき、庭の手入れをするときなど)。

進行速度には個人差はありますが、必ず加齢とともに進行します。また、長く無症状ですが、いったん症状が出ると予後不良であり、狭心症が発現すると5年、失神が発現すると3年、心不全が発現すると2年といわれています7-9

主な癌疾患の5年生存率との比較10,11

重症大動脈弁狭窄症の5年生存率は、胃癌、肺癌などの疾患と同程度であり、症状が発現した後の生命予後は極めて悪いことが知られています。
主な癌疾患の5年生存率との比較

ASの早期発見・治療の重要性

2018年3月、急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)が発行され、新たに、心不全を進展度によってステージAからDの4段階に分類し、各ステージにおける治療目標を設けています12

ASをはじめとする器質的心疾患は無症状でも『ステージB』に該当するため12、早期発見が心不全の発症予防につながります。

心不全とそのリスクの進展ステージ12

心不全とそのリスクの進展ステージ

ASの診断

問診

ASは徐々に進行するため症状を自覚しにくく、症状が現れても加齢のためと捉える患者さんが少なくありません6
そのため、症状の有無については患者さん本人に具体的に聞く、あるいは家族や介護者への確認が必要になります。

ASの問診例

以下のような質問を通して、少しでもASが疑われる場合は、心エコーでの検査を行うことが重要です。

  • 以前より休憩が増えていますか?
  • 以前より行動範囲が狭くなっていますか?
  • 体がだるく、疲れやすいですか?
  • 動悸がしますか?
  • 息切れの頻度が増えていますか?
  • 胸の痛みを感じますか?
  • めまいがしますか?
  • ときどき、足がむくむことがありますか?
  • 食欲不振や、肝臓のあたりが重く感じられますか?
  • 気を失うことがありますか?

聴診

ASのスクリーニング検査として最も有効かつ簡便なのが聴診です。

  • 第2肋間胸骨右縁を最強点とする、収縮期の駆出性雑音
  • Ⅱ音が小さいか、または聴こえない

ASが進行して左室機能障害をきたし、一回拍出量が低下すると収縮期雑音は小さくなるので、収縮期雑音の強弱で病態の重症度を判断できません。正確な重症度評価を行うために、早期に専門医へ紹介しましょう。

BNP検査

バイオマーカーである脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)は,無症候性重症ASにおける症状出現や心血管イベントを予測しうるためフォローアップに適しています2。ただし、カットオフ値は報告によりさまざまであり、現時点では十分なコンセンサスが得られておらず、手術適応の基準となる具体的なBNP値を明示することは難しいとされています。

心エコー診断と重症度評価

ASの診断の中心は心エコー図検査であり、心エコー図検査結果によって重症度評価を行います。

ASは進行性の疾患であるため、定期的なフォローアップを行い重症度評価に基づく適切な介入治療のタイミングを見逃さないことが大切です。
弁膜症治療のガイドラインでは、軽症は3~5年ごと、中等症は1~ 2年ごと、重症は6~12ヵ月ごとのフォローアップが目安とされています。

心エコー検査によるAS重症度評価2

※横にスクロールをしてご覧ください
心エコー検査によるAS重症度評価
Vmax:大動脈弁最大血流速度, AVAI:AVA index, Velocity ratio:左室流出路血流速と弁通過血流速の比

ただし、この基準を満たさない場合にも重症と判定される例があり、以下のフローチャートに沿った評価を行います。

 

■低流量低圧較差AS(low flow,low gradient AS)

ASの重症度評価は一般にAVA(<1.0 cm2)とmPG(≧40 mmHg)、大動脈弁最大血流速度(≧4.0 m/秒)で行われますが、この3つの基準がしばしば合致しないことがあり、 中でも一回拍出量が低下しているために圧較差が増大しないような病態を低流量低圧較差AS(low flow,low gradient AS)といいます。

低流量低圧較差ASは、圧較差が増大せずとも重症である可能性があり、予後も悪いため、見逃さないよう注意が必要です。運動負荷心エコー図検査やCTによる石灰化スコアなどによる正確な診断のために、早期に専門医へ紹介しましょう。

ASの重症度評価2

ASの重症度評価

AS診療サポート資料

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参考文献

1. De Sciscio P, et al. Circ Cardiovasc Qual Outcomes. 2017;10:e003287.

2. 日本循環器学会/ 日本胸部外科学会/ 日本血管外科学会/ 日本心臓血管外科学会合同ガイドライン. 2020 年改訂版弁膜症治療のガイドライン. https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/05/JCS2020_Izumi_Eishi_0420.pdf (2020年6月閲覧)

3. Aortic valve stenosis. Mayo Clinic website. www.mayoclinic.org/diseases-conditions/aortic-stenosis/symptoms-causes/syc-20353139. Published March 9, 2018. Accessed in April, 2020.

4. Lung, et al. Circulation. 2019;140:1156–69.

5. Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery. Gen Thorac Cardiovasc Surg. 2019;67:377-411.

6. Alliance for aging research. Aortic stenosis: Under-diagnosed and under-treated [Internet]. Washington, DC: Alliance for aging research; c2016 [Cited 2015 Nov 17]. Available from: http://www.agingresearch.org/newsletters/view/36

7. Ross J Jr, et al. Circulation. 1968;38:61-7

8. Lester SJ, et al. Chest. 1998;113:1109-14.

9. Otto CM. Heart. 2000;84:211-18.

10. National Cancer Institute. Surveillance epidemiology and end results: Cancer stat fact sheets [Internet]. Bethesda: National Institutes of Health; [Cited 2015 Nov 17]. Available from: http://seer.cancer.gov/statfacts/

11. Varadarajan P, et al. Eur J Cardiothorac Surg. 2006;30:722-7.

12. 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン, .2017年改訂版 急性・慢性心不全診療ガイドライン https://www.j-circ.or.jp/old/guideline/pdf/JCS2017_tsutsui_h.pdf (2020年4月閲覧)

13. 厚生労働省, 脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方に関する検討会.脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方について(平成29年7月)